フェルドクロフト

「ならず者と小鬼の巣になってない?」
 にじむ汗を拭う。秋だというのに暑いではないか。
「段々増えてて」
 せっせとならず者の杖を取り上げへし折っているセバスチャンが返し、同じくせっせとならず者を縛り上げているギルがうなった。
「姿現しで行けばよかったかな?」
「やってもいいけどばらけたら怖いじゃない」
 ということで、大叔母のグリフィンを借り受けたり、学校のヒッポグリフを借り受けたりで空の旅をしたのだ。ヘクターに「次のお休みに外出するの」と言い「ホグズフィールドに行くんだけど」と言えば、せめてグリフィンを連れて行けと言われたのだ。護衛になるからと。
 結果として大活躍だった。ホグワーツを出発し、フェルドクロフト付近で地上へ降りたわけだけれども、出るわ出るわならず者やら小鬼がたくさん。
 こいつらいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんだぜ。身ぐるみ剥いでやる。弾んだ足取りでやってきた賊は、泣くはめになった。
「ずびばせん。出来心でえええ」
「グ、グ、グリフィン連れてるいかれてるのなんてよく考えたらリアイスとか武門でしたあああ」
 土下座して地に頭をこすりつけている賊一、賊ニでグリフィンが遊んでいた。蹴ったり転がしたりである。一応グリフィンなりに優しくしているようだが、衣は裂けて泥まみれ、そろそろズボンがぼろ雑巾でお尻が危ないかもしれない。
「汚いケツなんて見たくない」
 鼻で笑いつつ、拘束した賊――そうだ、ならず者なんて生ぬるいものじゃない。賊だ賊――を失神させていくセバスチャン。ギルも同じくだ。手慣れている二人である。
「お止め」
 グリフィンに声をかけ、手綱を引く。嘴をそっと撫でた。大叔母とヘクターがよくよく言って聞かせているから、セラの言うことも聞くのだ。
「私、リアイスじゃないんだけどな」
「武装解除しまくっておいてそれ言う?」
「義兄に仕込まれたのよ、ギル」
 手軽な護身だからって。
「大丈夫だセラ。君はリアイスみたいなものだ」
 笑いながら言うセバスチャンを一睨みする。転がっている賊は当局に任せ、眼と鼻の先にあるフェルドクロフト村を目指した。
 ◆
「子どもが無茶をするんじゃない」  賊を相手にするなんて。到着したフェルドクロフト、ひときわ大きい家がサロウ家だった。事前に手紙も出さずに帰省したセバスチャンにサロウ家の主――ソロモンは顔をしかめ「近所で賊を転がしてきたよ叔父さん」と甥っ子に報告され、頭が痛そうな顔をした。
 ギルは村が――特に井戸が気になるらしく散策中。セラは出された茶を飲み、フードに入れていた毛玉を取り出した。おや、とソロモン小父が眼を丸くする。そうするとセバスチャンによく似ていた。
「ニーズルの仔か」
「よろしければ、アンにと……」
 寂しいでしょうし。口にはしなかったものの、ソロモンには通じたらしい。眼を細め、軽くうなずく。
「今日は調子がいいから畑にいるよ」
 ニーズルを肩に乗せ、セバスチャンに案内されて畑へ向かう。麦わら帽子を被った影が、小走りでやってきた。
「……セラ!」
 飛びついてきたアンを受け止める。ぎゅっと抱きしめる。
――痩せて小さくなってしまったよう
「来たよ」
「どうして……」
「セバスチャンがこわーい叔父さんと会うのに付き添いがいるって」
「おいセラ」
 セバスチャンの尖った声。反対にアンはくすくす笑う。
「叔父さんは怖くないわよ。厳しいけれど……この仔、どうしたの」
 アンが身を離す。セラの肩を凝視していた。青白い顔に朱が差し、眼が輝いていた。
「友達にどうかなって」
 ニーズルをアンに差し出す。彼女の骨ばった手が、宝物を抱くように仔を受け取った。
「いいの?」
「アンならちゃんと世話してくれるもの」
 セバスチャンが粘りに粘って先生から仔ニーズルを譲り受けた甲斐があった。セバスチャンの満足そうな顔ときたら。
 アンはニーズルを抱いて機嫌よく家に戻った。ちょうどギルがソロモンに挨拶しているところだった。
「セバスチャンには色々と助けられています」
「それならいいが。悪いことを教えられていないだろうな?」
 アンに「座って」と促され、席に着く。セバスチャンは顔をしかめていた。
「僕を悪童みたいに言うのはやめてくれないか叔父さん」
「禁書の棚に何度も忍び込んでおいて」
「それは――」
「諦めなさい。お前はただの学生だ。専門家ではない」
「じゃあアンはずっとこのままでいいって!?」
 セバスチャンが立ち上がる。拍子に椅子が倒れ、激しい音が響いた。
「そうは言っていない!」
 お前にできることはないのだと言っている! ソロモンも立ち上がる。セラとギルは固まっていた。激しやすいのがサロウ家の血筋なのか。
――止めれないことはないけど
 沈黙呪文をかければいいだけだ。が、そうしたところで問題は解決しないだろう。隣に座る、アンの腕をつかむ。そっと立たせた。
「行きましょ」
 グリフィンとヒッポグリフを連れてきてるの。囁いて、サロウ家を出る。ギルもこれ幸いとついてきた。
「ごめんね」
 アンが弱々しく言う。黒い眼に深い影があった。
「せっかくの、久々のお客さんの前で」
 隠しきれない寂しさ。それに羞恥。アンの眼には涙が浮かんでいる。もっと早く訪ねていればよかったのかもしれない。
――学校に通えているセラと
 休学するしかなくなったアン。村に、家にこもるアン……。ためらいがあった。アンが屈託を抱えていてもおかしくはなく、たとえば訪ねてきたセラに、暗い感情をぶつけても無理もない。サロウ家の繊細であろう問題を覗くわけにもいかず、アンとの友情にひびが入るのではないかとためらっていたのだ。
 私もごめんねと言う代わりに、アンの肩を叩く。あまりにも細い肩に不安になる。ギルも似たようなことを思ったのか、アンにベンチに座るように促した。
 三人でぎゅうぎゅうになって座る。アンがおかしそうに笑った。
「いつも一人で座ってお日様を浴びてたのよ」
 よくなるようにって。膝のニーズルをそっと撫で、アンが呟く。やさしい手つき――細かく震える手。
「……アン?」
 うめきが聞こえる。ニーズルが鳴いて、アンの膝から下りた。くの字に折れる枯れ枝のような身体。
 あぁあああ。唸り、うめき、アンが歯を食いしばる。セラは痙攣する背を撫でた。燃えるように熱い。衣がじっとりと湿っていく。手のひらが痺れた。
――これが
 アンをむしばむ呪詛か。

「サロウ家の血筋を呪ったものじゃない」
 うちはそんなに大層な家でもないし。村のほど近く、小高い丘の上――崩れた石垣らしい跡に、セバスチャンは腰掛けていた。
 発作を起こしたアンを介抱し、またぞろソロモンとセバスチャンが言い合いになりそうになったので、連れ出したのだ。そしたら案内されたのがこの丘だった。
「毒でもない。病でもない」
 たとえば、井戸の水が汚染されていたわけでもない? 水を向ければセバスチャンは首を振った。
「村にとって大事な井戸らしい。干魃の時に救われたんだと」
 といっても伝説にもならない名残なのだけど。
「詳しくはわからないけど、とにかく大事にだとさ」
 別に癒しの水が出るとかじゃないのに。セバスチャンは肩をすくめる。
「魔法使いと魔女が、昔々に雨を降らせた……井戸から水が湧き出た」
 フェルドクロフトの住民は、喜んで踊った。滔々とした言に、セラとセバスチャンは瞬く。ギルは深い色の眼で、村を見下ろしていた。
「厭に確信があるわね?」
「記憶だよ。封じられた、憂いの篩の」
「……村は、古代魔術に縁があったのか」
 なにかの導きか。セバスチャンは崩れた石垣を撫でる。
「アンが襲われたのはこの場所だ」
 一年前、轟音が聞こえて駆けつけたアンは襲われた。得体の知れない呪いにかけられ、解けないまま今に至る。
「不吉な場所で……禁足地っていったらいいのか。元々あった家は打ち壊されてこの有様。おまけに近くの館には小鬼が巣くっていやがる」
 きつい眼が崖――そこに建つ崩れかけた館に飛ぶ。
「ルックウッドの、打ち捨てられた館さ」
 そこの小鬼が、アンをめちゃくちゃにしたんだ。

【act13-3268字】
inserted by FC2 system