伝説の時代の魔法

 塔の周りを『掃除』し、ギルが戻ってこないのでヘクターを残し、一旦城に戻ることにした。
「……俺が損なだけだったんじゃ?」
 『地図の間』でヘクターがぼやいた。良家の子息らしからず、足を投げ出して座っている。金の髪に葉っぱやら血やらがついていた。
 セラたちがホグワーツ――『地図の間』へ行けばギルがいた。どうも試練の間と繋がっているらしく、つまりヘクターは待つだけ無駄だった。急いで守護霊を送り、報せを受け取ったヘクターは、森に潜んでいる密漁者を狩りつつ帰還したのだ。
「今しばらくお待ちなさい」
 ヘクターのぼやきをニーフ先生は無視した。どうもヘクターのことを快く思っていないようだ。
「ランロクにもルックウッドにも情報が漏れているんですよ?」
 なにを悠長なことを、と穏やかに見せかけて辛辣に言ったのはギルである。火傷切り傷打撲その他の怪我を負い、ローブは焦げている。
「一足飛びに到達させるわけにはいかないのだ」
 返したのはチャールズ・ルックウッド。ルックウッド先生は苦々しい顔でギルを見下ろす。
「できることは多い。物質の創造……干魃に喘ぐ村を救うことも――だが、善なる者を誘惑する、厄介な力を秘めているのだ」
 大規模なアグアメンティ――局地的に雨を降らせたか。現代の魔法でもやってできないことはない。が、陣を敷き式を組み、人を集めなければならないだろう。古代魔術はその手順を省略するのか。
――逆に
 局地的にでも干渉し、天候を狂わせることができれば――争いには有利か。それか今とは比べものにならない規模で炎や風を起こし、水を生み、雷を降らせることも可能なのかもしれない。
 魔法の源泉か。フィグ先生がぽつりと呟く。
「……今の魔法は古代のそれを」
 フィグ先生に囁けば、彼は頷いた。
「使いやすくしたのだろうか。それとも適性ある者が減り、そのように魔法が――魔法族が変化したか」
 適応だな。フィグ先生とセラが考え込んでいるうちにも、守護者たちとギル、ヘクターの舌戦は続いていた。
「ぐちゃぐちゃ理屈ばかり並べ立てて。それであなたたちがおそれているものがあいつらの手に渡ったらどうするんだ」
「僕、仮にも候補なのに殺しかけるってひどいと思うな」
「黙らっしゃい!」
 ◆
 守護者ときたら頑なである。それとも肖像画だから時間の感覚が麻痺しているのか。彼らは影にすぎない。生前の思考を写し取った似姿だ。
「……困るわよね?」
 ニーズルを撫でる。胸の飾り毛を膨らませ、彼女はご機嫌だ。多少は寝不足だけれど、今日の魔法生物飼育学はたいして危険なものを扱っていない。
「やめてって!」
 高い声が響く。ちらとそちらに眼をやれば、黄色いネクタイが見えた。両腕を広げ、柵の前にいるのはポピー・スウィーティング。ハッフルパフの女生徒で、生き物に対して天性の才能がある――と言っていたのはヘクターだ。小柄だが意志が強い子で、セラの友達だ。
「この子たちの髭を抜こうだなんて」
「ちょっと遊ぶだけだろう」
 また生えてくるんだからいいだろ。にやにや笑っているのはバカなスリザリンだ。先生は別の作業をしていて不在。
――ニーズルをいたぶろうなんて
 頭が悪いんじゃないか。視界の端で立ち上がろうとしているのはナティだ。ギルはパフスケインと遊んでいた手を止め、ヘクターは遠くに――ヒッポグリフの柵のところにいるようだ。ああ、気づいた。下手をしなくてもヒッポグリフをけしかけそうな勢いだ。ヘクターはグリフィンとすら心を通わせる男なのだ。ヒッポグリフくらいけしかけるのは軽い。
 あんまり騒ぐとポピーが叱られるかもしれない。彼女は先生とそりが合わないのだ。
「……行って」
 肩のニフラーを撫で、ひょいと投げた。小さな身体は過たず知性のないスリザリンその一に着地。きらきらしたものが大好きなニフラーは、その金髪をひっつかんだ。
 痛ぁ! と聞こえたが無視。アクシオを唱えて回収する。
「あらごめんなさいね。この子ったら」
 綺麗なものが好きだから。怒気を立ち上らせ、スリザリン生がやってきても笑顔を維持した。
「手が滑って」
「お前……」
「髪の毛くらいまた生えてくるでしょ」
 ねえニーズルの髭を抜こうとしたくらいだもの。
「生え薬くらいつくってやるさ」
 くすくす笑っているのはスリザリンの誰かだ。ついでに別の誰かが「銅貨くらいのハゲでよかったじゃん」と追い打ちをかけ、その場の流れは完全にセラのものになる。
 セラは銅貨ハゲのスリザリン生を一顧だにせず、ポピーのもとに向かった。
「餌やりまだよね」
「うん」
 ポピーは明るく答え、飼料袋を開いた。まさか呪いを発射するわけにも、拳を振るうわけにもいかず、スリザリン生はすごすごと退散する。
「……お前さ」
 温厚そうに見えてやることえげつないな。くつくつ笑いながらやってきたのはセバスチャンだった。
「生き物を庇う女の子に迫る男子って最悪じゃない?」
「違いない」
 肩をすくめ、セバスチャンはニーズルを撫でる。
「アンなら嫌がったろう」
 仔ニーズルを連れて行ったら喜ぶかな? 問われ「どうだろう」と返した。
「彼女の調子は?」
「……よくはないし、ふさぎこんでる――と思う」
 ひそひそ声だ。ポピーは気を利かせて離れていた。本当によく気がつく子だ。なぜかナティのことは避けているけど。
「今度のお休みのときに、遊びに行っちゃだめかな」
 特になにも考えずに言っただけだ。だが、セバスチャンは眼を見開き、ぱっと顔を明るくした。
「いいな。そうしてくれると嬉しい……あと」
 セバスチャンの黒い眼が、ギルを見た。
「あいつも一緒だといいな」
「ギルはいい子だけど、親密なおつきあい候補にするなら」
 ポッター家の関連で誰か引きずってきましょうか。
「え、お前の兄貴とか!?」
 肩をはたいた。
「アンは繊細なんだからうちの義兄はだめよ」
「というか、アンのつきあいどうこうじゃなくだ」
 勘違いしたじゃないの。
「ギルはあれだろ。今の魔法じゃない……古い魔法の適性があるんだろ? だから、アンの病気ももしかしたら」
 黒い眼はどこまでも真剣で、痛々しいほどに張りつめていた。
 あきらめて、受け入れたほうがいいとは言えないほどに。

【act12-2517字】
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