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「やつの狙いがさっぱりわかんねえ」
 十一月。『グリフィンドールの部屋』でウィスタが呟いた。拾ってきた犬――スナッフルズをブラッシングしてやりながら、肖像画に眼を向ける。
「城にまで入り込んでるとしよう。もしハリーを狙ってるなら……ハロウィンの誰もいない寮に突撃するか?」
 日付感覚がおかしくなっていたのか。ハロウィンの宴のことを失念していたのか。なんにせよ、その日ウィスタはスリザリン寮――談話室にいた。甘い匂いで充満している大広間に、わざわざ足を向ける気にもなれなかったのだ。どこからともなくいやーな視線も感じることだし。
 厨房から持ってきたサンドイッチを食べていると、扉をぶち破るようにしてスネイプが現れたものだから仰天したのなんの。「なんですかそんなに苛立って。カルシウムか笑い薬が足りませんねきっと」とコミュニケーションを図ったら、スネイプが悪鬼のごとき形相になった。大広間に連行され、唖然としているうちに寝袋を押しつけられた。
 無事だったか! とマルフォイは真っ青で、生徒がひしめく中こそこそと事情を教えてくれた。ウィスタは耳半分で流しながら、こいつの隣で寝るのか最悪だなと考えていた……。
「リーマスがうるさいんだけど」
 やっぱりホグズミード行きはやめておきなさい、とかなんとか。やたら心配性だ。あんたあのスネイプを、まね妖怪つかって精神的にえぐったろうがと言いたかった。まね妖怪……ボガート・スネイプ事件に関して、スリザリン生は沈黙を貫いたものだ。
「大量殺人鬼がうろいているのだ。神経を尖らせよう」
「俺の学生生活はよ」
「自分も狙われているとわかっているのか?」
「どうなんだろうな?」
 実感がわかない。シリウス・ブラックがヴォルデモートの配下で、そのうち叩きのめすか捕縛するかしないといけないわけだけど、そんなものはウィスタでなくて闇祓いがするだろう。今のところ実害ありまくりなのはヴォルデモートだ。アルバニアの森にすっこんでいるようだから、対決は持ち越しだけど。
「迷惑な話だよ」
 くん、とスナッフルズが鼻を鳴らす。なんでか申し訳なさそうな顔をしていた。犬のくせに。
 ◆
 大量殺人鬼もとい死喰い人が侵入しようが、煙のように姿を消そうが、日常は続く。クィディッチも開催される。
 シーカーは箒から落ち、吸魂鬼はやってくる。
「……だから、なんで俺が狙われるんだよ」
 寝台の上でウィスタはぼやいた。声の震えを抑えられない。吸魂鬼に囲まれて殺されかければ誰だってそうなる。
 首やら肩やら片腕やらが、じんと痺れている。またもや壊死しかけ……らしい。
「吸魂鬼は感情を食いますから」
 寝台脇、椅子に腰かけたヘカテは落ち着いたものだ。駆けつけてきて、守護霊で守ってくれた果敢さは、今はなりを潜めている。複数人守護霊の呪文の使い手がいたからこそ、大事にはならなかったそうだ。
 そうか、これが大事ではないと。ハリーが退院しても、ウィスタは病室にぶち込まれたままのだが。
「俺は美味そうだって?」
「そういうことです」
 実にさらりと肯定してくれるではないか。あまりにもあっさりしすぎていて、何か隠しているのではないかと勘ぐりたくなる。
 ヘカテを問いつめてもなにも吐かないだろう。「疲れているから」と言って追い出した。痛みと冷気に痺れた身体が、ひどく重い。頭も重い。うとうとしていると、血塗れの母親の姿がちらついた。殺された母親……。
 記憶――過去の中、母がなにかを言っている。なんと言っているのか。
「……いつ言うんです?」
 ヘカテの声がする。は、と眼をやれば、出て行ったはずのヘカテが立っていた。
「君なら言えるか?」
 投げやりに返したのはリーマスだ。真っ青な顔をして、ウィスタを――寝台を見る。
 ウィスタが視ているのは過去なのだと合点した。クィディッチの後――夜だろうか。
「知らないほうがいいこともある」
「誰かに知らされる――悪意をもって知らされるよりは」
 教えたほうがいいのでは?
 ヘカテの次の一言に、眼をみはった。
 あの子が。ウィスタがシリウスの息子だと。
 瞬けば、幻は消え去った。ウィスタは凍り付いたように動けない。吸魂鬼の冷気のせいではない。あまりの衝撃で、頭が痺れたようになっていた。
――ブラックの息子
「冗談だろう」
 よりにもよって、死喰い人の息子? マグルと魔法使いを殺した男の子だと?
 信じたくはない。ないけれど……。
 マルフォイ邸にやってきたキングズリー。一族のどこかよそよそしい態度。ナルシッサがブラックの従姉だからではない。ウィスタがブラックの息子だからこそ、キングズリーがやってきたとしたら。一族の態度も父親の血筋のせいだったら? そしてスリザリンに組分けされたからだったら。
 それに、それに……以前、魔法省で会った記者も、意味深な発言をしていたではないか。ウィスタに興味を示していたではないか。
 父親がブラックではないと、否定する材料がなにもない。
「嘘じゃん……」
 文字通り、頭を抱えた。
 過去視の力なんて持つものではない。これは呪いの力だ。

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