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 魔法薬学で懲りたのか、マルフォイは腕の包帯を外し「傷がうずく」と言うだけにしたようだった。ウィスタはなにも言わなかった。証拠がないし、証明する手間をかける理由もない。
――さすがにちょっと
 気がとがめるなあ。ホグワーツの禁断の森近く――放牧場。
「なにしちょる」
 危なかろう。腕を組んで仁王立ちしているのは森番のハグリッドだ。スリザリン生からの評判はあまりよくなくて、誰かが「混血じゃないかあれ?」と言っていた。んなもん混血――マグル、マグル生まれと魔法族の子なんて腐るほどいるだろうよと呆れた。寮生も口にはしないが混血――半純血が多いらしい。純血バンザイ、純血エラいなんて言ってるのは一部だけだ。マルフォイとか。
 その混血のハグリッドは、眼をしょぼしょぼさせていた。怒っている様子はない。ウィスタはヒッポグリフの仔を撫でていた手を止めた。
「一角獣の仔とか、ヒッポグリフの仔がいるって聞いて」
 見たくなって。ぽつぽつ言う。セドリック情報である。そのうち魔法生物の仔にも会えるだろう。ハグリッドは大丈夫かなと言っていた。
 大丈夫じゃなさそうだ。眼が赤いし、大人の男なのにしょんぼりしている。気がとがめる。しょんぼりの理由なんて決まってる。
「見たいのなら言いに来い。仔でも……仔でも、」
 あいつらは危ないって言いおるんだ。
 ハグリッドの両眼からだばーっと涙が溢れた。どうすりゃいいんだ。泣いてる大人への対応なんてウィスタは知らない。
「……お、お茶が飲みたいなあ」
 ハグリッドの袖を引っ張る。ぼたぼたと涙が落ちてきて、ローブが濡れる。
 泣きまくってるハグリッドを促して、なんとかかんとか小屋まで行った。場所は知ってるが入ったことはない。ハグリッドとまともに話したこともないのだ。なのにお茶をせびるのはどうなのか。
「バックビークが危険じゃと」
 あんなにかわいいのに!
 ハグリッドはおんおん泣いている。子どもみたいだ。
「ん? え、あんたの減給とかで済むんじゃないの」
 びっくりである。アホなボンが指示を聞かずに怪我をしただけなのに。そのアホはウィスタと同じ寮なのだけど。
 ハグリッドを座らせ、ざっと小屋を見回し、茶器や茶葉を発見した。勝手にあさって湯をわかし、支度をする。魔法って便利だ。一瞬で湯が沸くのだから。余裕があれば温度と蒸らす時間にもこだわるのだけど、それは省いた。大きな――カップというより小さいバケツかよ――な代物に茶をいれ、通常サイズの茶器に自分の分をいれた。
「す、す、すまんの。棚にロックケーキがたるからお食べ」
 ありがたくいただこうとし、歯が折れるところだった。割って茶にぶちこんだところで、小屋の戸が叩かれた。
「ハグリッド、いる?」
 朝食にも昼食にも出てきてなかったじゃない、ハグリッド!
 留守なのかもしれないわ。
 いやいるだろ!
 ぎゃあぎゃあ騒いでいる。ウィスタは茶器を三つ取り出した。ハグリッドをちらりと見る。彼はハンカチで顔をぬぐい、戸を開けた。
 ハグリッド! と飛び込んできたのはグリフィンドールの三人である。
「大丈夫なのハグリッド――って」
 ウィスタ? ハリーが眼を丸くし、お茶のいい匂いがするとハーマイオニーが言い、君がハグリッドを泣かせたのか! とロンが指を突きつけてきた。おい。
「いいからとっとと座れ。冷めちまうだろうが」
 舌打ちし、ロンを無視した。なんで俺がハグリッドを泣かせなきゃいけないのか。
「あの」
 どん、とロックケーキを盛った皿を卓に置く。
「アホと一緒の寮ってだけだぞ俺は!」
「散々ハグリッドのことをバカにしてるだろうスリザリンは」
「やかましい」
 ロンにだけ死ぬほど苦い茶をいれた。
「静かにしてロン」
「うるさいよロン」
 ハーマイオニーとハリーにたしなめられ、ぶつくさ言いながらロンが茶を飲む。眼を剥いて痙攣した。
 ぶるぶる震えるロンを無視し、ウィスタは話の手綱をとった。なんでこんなことになってるのか。
「あのあと結局どうなったわけ……って訊きたいんだよな」
 三人に眼をやって(ロンはひたすら水を飲んでた)、ハグリッドを見た。
「バックビークは危険だから殺してしまえと」
「そんな!」
「マルフォイが注意を聞いてなかったせいじゃないの!」
「ひど過ぎる」
 大騒ぎする三人をよそに、ウィスタは嘆息する。これがマグル生まれの生徒が怪我をしたとかならどうなってたかな。
「よりにもよってだなあハグリッド」
 すぐに治ったし、後遺症どうこうもない。普通ならきっと、ハグリッドがお叱りを受けて減給で済んだと思う。そもそも、鍋が爆発して生徒が怪我した魔法薬学とかどうなんだ。あれはスネイプもお叱りを受けるべきだろ。怪我が絶対ないとはいえないのが魔法の授業なのだ。ハグリッドの件はかなり過剰な処罰を求められている。
「最初は俺を辞めさせろと。ダンブルドアがとりなしてくださって――バックビークがどうこうに話が……」
「マルフォイを傷つけたからね」
 ハーマイオニーが顔をしかめた。話し続ける。
「でも、彼の父親は理事を解任されたんじゃ?」
「そりゃハーマイオニー、あいつの親父は名門の純血貴族だし、保護者連中を煽って騒いだりなんだりできるし……で、今回は被害者の親って手札持ってるもん。ダンブルドアにギャーギャー言える」
 たぶんルシウスの八つ当たりなのだろう。ウィーズリー小父を陥れようとして失敗、家宅捜索を受けたようだし。妖精は出ていくし。ナルシッサがカンカンに怒っていたのは知っている。ルシウス小父は面白くないわけだ。ダンブルドアが校長なのも、混血が――そんなこだわらなくてもなあと思うが――教師なのも。
 そこに息子の怪我という事件が舞い込んだ。で、ルシウスは息子が傷つけられた怒りもあるけれど、これを利用しようとしてるわけだ。
――多少の影響力があるなら
 吸魂鬼を学校から追い出してくれないかなあ、ルシウスのおっさん。
 たぶん無理なのだよなと思いつつ、茶を飲んだ。軽く腕をさする。壊死しかけた痕は段々よくなっている。が、吸魂鬼がホグワーツにいる限り、ウィスタは安心できないのだ。なんでかやつらに狙われてるみたいだから。
――去年はクソリドルに粘着されるわ
 吸魂鬼に襲われそうになるわ。ウィスタは前世で悪行でも積んだのか?
 三年目も最悪である。

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