47

「俺はニュート大先生じゃねえんだぞ」
 ぼやきは夜の闇に吸い込まれる。禁断の森、黒々とした樹木の影を縫い、白光が降り注ぐ。
「冒険がお好きでしょう?」
 小さな獅子。月に濡れた彼――ケンタウルスは小さく笑う。
「か弱い子羊を呼び出すなよ」
 フィレンツェ。
 ウィスタは腕を組み、彼を軽く睨む。深夜も深夜、ド深夜だ。九月三日。いや、四日になったか――の一時すぎ。
 事の発端は、灰色のレディことヘレナに叩き起こされたことだ。早く、と急き立てられ、古い、恐ろしく古い抜け道を駆使し、時間を短縮。校庭に出て、ひっそりとしかし素早く動いた。レディはなんにも教えてくれず、だんまりだった。
 で、導かれたのは禁断の森。なぜかフィレンツェが待っていて、黒い塊が彼の足元にある。
 最初は毛皮かと思った。熊の毛皮とか。だが違った。
「……ハグリッドに頼んだら?」
 ウィスタは毛皮に歩み寄る。レディはひっそりと待機していて、一言も口をきかない。顔色が悪いように思うのだけど、気のせいか。ゴーストに顔色なんてないはずなのだが、レディの様子がおかしいのはわかる。
 彼女のことは気になったが、今は別の問題に集中しないと。
「迷い犬の保護をしろって?」
「番犬にいかがか」
「押し付けたいわけね」
 でかい犬である。ゴールデンくらいなら可愛いなぁで済むのだけど、それより大きい。真っ黒で、ボロッボロだ。
 なんで俺が。ちらとフィレンツェとヘレナを見ても無視された。
 鞄の口を開ける。ナイアードに「当主就任祝い」でもらった逸品だ。バッチリ獅子の紋が入ってるのは気に入らないが、機能は抜群。拡大呪文がかけられているのだ。なので御覧ください、でかい犬もこのとおり。スッと入るのですお客様。
「よろしい」
 拡大呪文つき鞄は珍しくともなんともないのか、フィレンツェは通常運転だった。ウィスタはがっかりした。
「先生みたいだね、あんた」
「占いか弓なら教えて差し上げられますよ?」
「んなことしたらハブられるだろうあんた」
 くだらないやりとりを経て、森に後にして、諸々省いて城に帰り……とある隠し部屋に到着した。
「あってもおかしかないけどさあ」
 グリフィンドールの部屋というらしい。祖先の肖像画に概要をきいて呆れ果てた。創設者は秘密の場所をつくっていて、しかも互いになんとなく察していたが不干渉だった、らしい。
「我が祖ゴドリックもスリザリンがなにやらしているのはわかっていたようだが」
 まさか蛇の王を住まわせていたとは思わなんだよ。しみじみと言う肖像画――ゴドリックの孫ネフティスの言に耳を傾けつつ、鞄を開ける。階段を下って犬を回収した。ひきずるようにして運ぶ。
 一旦洗って、治療しなきゃだ。部屋は浴室やら寝室もあり、ばっちり生活できる。ゴドリックに感謝だ。内装がグリフィンドール仕様なので、かなり居心地が悪いが。
 犬を浴室に放り込み、洗ってやる。そうして片手をかざした。淡い輝きが腕輪――『螺旋杖』からこぼれ出て、犬を癒やしていった。
 ◆
 夜明けまでの数時間、なんとか寝て。起きて大急ぎで朝飯を?き込み、飛ぶように校庭に向かい――と忙しなかった。
――忙しすぎる
「先生はヒッポグリフなだめといてよ!」
 叫び、ウィスタはひんひん泣いているバァカを見下ろした。ほんと忙しいな今日。マルフォイを引きずるようにして立たせ、肩を貸す。
「とっとと行くぞ」
「あんなケダモノゆるさ……いたい……」
 点々と血が垂れる。マルフォイの腕の傷は深いようだ。まだ腕の切り傷だけですんでよかった。ヒッポグリフを怒らせたのだ。もっと酷いことになってもおかしくなかった。
 痛い痛いとうるさいので、失神呪文をかけたくなったこと数回。我慢してマルフォイを医務室に連れて行き、マダム・ポンフリーはさっさと傷を治した。
「まだ痛むんです」
 マルフォイはほざき、マダム・ポンフリーはまじまじと傷があった箇所を観察し、ウィスタは片方の眉を上げた。
――なんか企んでるなこいつ
 マダム・ポンフリーは重ねて処置した。痛み止めの軟膏を塗り、包帯を巻く。かなりおおげさなのだがマルフォイは満足したようだ。経過観察のため、今日は泊まりですよと言われて寝台にもぐりこんだ。
「本当に痛いんだからな」
 椅子に腰掛けるウィスタに、言い訳がましく言う。怪しい。めっちゃ怪しい。
「痛いとか辛いとかは患者じゃないとわからないからな」
 他人にはわからないこともあるさ。そう言ってやれば、マルフォイは安心したように頷いた。
「善意を利用する患者もいるらしいけど」
 マルフォイの眼が泳ぐ。こいつ、癒者の善意をなんだと思ってやがる。たしかに痛みは本人にしかわからないし、癒者は患者の声に耳を傾けるものだろう。が、それに乗っかるのはどうなのか。
「あんな爪に」
 鼻を鳴らす。
「お前腐っても魔法族なら、生き物の強さも知ってるんじゃないのかよ」
「あの木偶の坊が悪い!」
「指示も聞かずに切られやがって」
 デコピンを一発かます。マルフォイがひんひん泣いた。
「てめえが片腕吊ってようが俺は甘やかさねえからな」

「魔法族だろお前は。片腕使えないからってなんだ」
 数日後の魔法薬学。ウィスタは蔑みの眼をマルフォイに向けた。「傷が痛いんですせーんせー」とほざき、ハリーかロンあたりに嫌がらせを目論んでいただろう坊ちゃんは、絶望しているらしかった。ウィスタが阻止したからだが。
「怪我人だぞ僕は!」
「ディフィンドの練習だと思えよ」
 陶器に材料をぶち込む。自分の作業をしながらマルフォイを監視した。
 手許が狂って机に傷、陶器にひび……無理だぁあと言いながらマルフォイは魔法で材料を切っていく。背後から「リアイスくんマジスパルタ」「愛のムチ?」「いびってるようにしか」「マルフォイザマァ」等々聞こえてきたが無視である。前方ではスネイプが眉間に皺を寄せていた。つかつかと靴音を響かせてやってきたスネイプに、ウィスタはにっこりしてやった。
「熟練者だと魔法で切って時間短縮しますもんね?」
 ウィスタを睨みつけ、歯ぎしりしながらも、スネイプはマルフォイの健闘に対して五点与えていた。そりゃあスネイプが文句を言えるわけがない。
 ウィスタに脱狼薬をつくれるようになれ言い、つくりかたを実演したスネイプは、時間短縮のために魔法を使いまくっているのだから。
 きっとキャベツの千切りも玉ねぎのみじん切りも得意だろうさ。

inserted by FC2 system