ギル

 小さな一年生を引き連れて、城内を往く。初めて踏み入った時は感動もしたけれど、五年目ともなれば鮮やかな感情は失せ、ただの日常だ。
「肖像画がしゃべってる!」
 弾んだ声が聞こえる。マグル生まれの子だろう。
――仲良しができるといいけど
 スリザリンほどあからさまではないけれど、マグル生まれを「穢れた血」と呼ぶ者はいる。それこそグリフィンドールにもいる……らしい。友達同士のおしゃべりでなにげなく。さらりと口にするようだ。そういう風になっている。親愛なる校長が『純血』のブラック家の出だし、口にはしないがマグル生まれや混血を嫌っているし、ついでにグリフィンドール系のリアイスやポッターやウィーズリーを嫌っている。
 かといって純血が多く、つまり貴族が多いスリザリン生からの評判がいいわけではない。むしろ悪い。マグル嫌いのスリザリン生でさえ「あの無能、早く引退しないか」と言っていた。
――今回で
 さらに評判は落ちただろう。無能・ナイジェラス・ブラックは「クィディッチトーナメント開催中止」を宣言した。スリザリンチームが激怒し――スリザリン出身かつブラック家の校長に対して罵声を浴びせていた。「生意気なクソガキどもが」と言わんばかりの凶悪な顔をした校長は、すかさず罰を与えようとし、魔法薬学のシャープ先生に止められていた。ウィーズリー先生がすかさず「解散! 寮へ行くんだよ!」と命じ、その場はうやむやになった。
 流れるような連携である。今頃、四寮のクィディッチチームはウィーズリー先生のもとに駆け込んでいるだろう。そう、スリザリンでさえもウィーズリー先生を頼るのだ。ある意味、ホグワーツの団結の要は共通の敵、もとい駄目な校長なのだろう。
 レイブンクロー寮に着き――かなり歩いたのでうとうとしている子もいた――女の子たちを誘導する。仕事を終え、荷物を片手に談話室に戻る。
 新入生や下級生はくたくただけれど、五年生から上は夜のおしゃべりに忙しい。
 さわさわとさざめく談話室、窓辺のソファへ向かう。腰掛ける影に呼びかけた。
「ギル。ギル・アスラン?」
 俯いていた彼は顔を上げる。双眸を瞬かせセラを見る――ぱっと立ち上がった。
「それ、」
「なるべく集めたの」
 鞄を差し出す。革製のそれは頑丈で、擦り傷だらけだがまだ使える。
 竜騒ぎのあと、セラたちは荷の回収に乗り出したのだ。賢いセストラルたちにも手伝ってもらった。
――ついでに  手足が折れ曲がり、首もへし折れた亡骸も見つけたが、言う必要はないだろう。
「制服は泥だらけだけど無事。教科書は抜けがある。魔法薬の材料もかなり抜けてるし、携帯鍋はへしゃげてるけど。お金はある程度取り戻した」
 肩のニフラーを撫でた。ガリオンを手放したくないニフラーとガリオンを回収したいセラの戦いは大変だった。いくつかビーズや硝子玉をやって穏和しくさせた。今はセラの髪で遊んでいる。いや、引っ張っている。あとで躾けないと。
「え、は、ありがとう……! でもどうして?」
 どうして集められたの、か。どうして集めてくれたの、か。さあどっちだろうと悩んだ。別に隠すことでもないかと打ち明ける。
「嫌な予感がして、駆けつけたら竜が暴走してたの」
 軽く杖を振る。「隣、いいかな」と断って、ソファに腰を下ろした。盗聴防止その他対策はした。秘密の話をしても問題ないだろう。
「馬車は空だし、乗っていたはずの人は行方不明だし、竜は暴走してるしでね」
 フィグ先生は巧く誤魔化したようだが――野生の竜に襲われてどうこう、不時着して――クッション魔法で助かりました――失神して気がつけば夕方――付き添い姿くらましで参じましたと。
 自分以外はどうでもいい校長は、あっさりとそれでよしとした。だが、彼らは探索の網にかからなかったのだ。役人たちもセラたちも探し回ったのに。
 空白の数時間、なにをしていたの? 言葉にはせず、彼の眼を見る。
「信じられないかもしれないよ?」
「竜が現れて暴走したんだから今更よ」
 故意にそうした誰かがいるのだろう。わざわざ馬車を襲わせ――そう、襲わせたのだ。操れないはずの竜を使った。
 軽く睨めば、ギルは両手を上げた。
「僕らはポート・キーで脱出して」
 続きを聞いて顔をしかめた。
 古い金庫と、隠された通路。記憶と……。
「小鬼が魔法を使ってたんだ」
 ◆
 頭痛を抱えながら、セラは女子寮へ戻った。さっさと寝台にもぐりこむ。ニフラーにも寝床を用意してあげた。
 大炎上を防ぐだけでは終わらなかったのか。小鬼が得体の知れない古い魔法を操っていた?
――遺物を掘り当てて
 それを使っているとか。ありえる。ギルが『魔法の導』を捉えられたのは異能『識眼』系統の力を持っているからか。
――古い魔法
 ギルとフィグ先生が見つけた通路、その先にあった記憶を読めば解除される仕組みなんだろう。
 一流派がご丁寧に封印したとみた。なにも霊地――あるいは魔法の眠る地は、ホグワーツだけではない。たまたま『眼』を持つギルが選ばれた。
「眼、ねえ……」
 瞼を閉じる。撫でても綺麗なものだ。両の眼。異能の眼。魔眼とも呼ばれるもの。
 一部の者にとってはお宝だ。ギルにも気をつけるように言っておこうか。
「抉られたら」
 大変だから。

【act3-2129字】
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