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「――で、グリフィンドールは大減点。寮杯をとる見込みはなくなった」
 椅子にふんぞり返り、ざまを見ろと言わんばかりに口にしたマルフォイにただ頷いた。
――寮杯なんてどうでもいいのだが
 マルフォイにとっては違うらしい。どちらかというとグリフィンドールが負けるのがうれしいのだろう。
「それよか俺の話題で持ちきりだろ」
 つ、とマルフォイが眼を逸らした。見舞いの品を山盛りにした籐のバスケット片手にやってきたときの、自信と達成感にあふれた様子が消し飛んだ。
 マクゴナガルの守りは幾重もの呪文と、課題という名の試験だった。どうも一年生から七年生まで各種取りそろえているらしく、クイズ形式であるらしい。マルフォイはぎゃあぎゃあ言いながらどうにか解いていた(歴代魔法大臣をすべて答えよとか。地理に関する問題とか)。
「……あー……それは……えーと……」
「ブラックの息子ってバレた?」
「……………………うん」
 ため息しか出ない。それくらいしかすることがないのだが。なにせ怪我人である。包帯とガーゼまみれで、定期的にとりかえて薬を塗らなきゃいけない。やってくれるのは往診に来てくれるマダム・ポンフリーだ。彼女は大層お怒りだった。癒者の使命感から、ウィスタを襲ったバカどもは治療したもののそれとこれとは別だ。
「心配するな。お前は完璧に被害者だ」
 多少の怪我ならともかく、とマルフォイは顔をしかめる。
「現場はすごい有様だったらしいし、お人好しのディゴリーが激怒しているし、明らかにお前は殺されかけたわけだしで」
 お前を襲おうなんてやつは出てこないだろう。
 これは復帰したら覚悟しないといけないかもだ。今をときめく大犯罪者の息子なのがバレたわけで、実力行使こそないものの、陰口その他はあるだろう。
 ウィスタが眼を覚まし、話せるくらいは回復したという噂がどこからか広まり、マルフォイだけでなく、何人か見舞いにやってきた。もちろんその中にはリーマスもいて、奇妙に気まずい時間を過ごすはめになった。
 君は不義の子じゃないから。あのリーンが君を産んだということはそういうことだ。無理矢理(ここでリーマスは吐きそうな顔をした)なんて無理無理。リーンはそいつを八つ裂きにしたろうよ。
 じゃあなんでリーンがブラックと結婚したか?
「私にはわからないよ」
 リーマスは肩を落としていた。マクゴナガルの課題にすらすら答えていた大人の余裕はどこかに行っていた。ちなみに難易度は教職員用もとい高等魔法試験より上。どうやら魔法省員採用試験級らしかった。
「わからないばっかりだな」
 ついつい声が尖る。死ぬほど心配させているのもわかっているし、案じられているのもわかっている。そもそもリーマスにウィスタを養育する義務なんてものはない。養父は律儀に約束を守っているだけだ。だからウィスタはリーマスに感謝こそすれ、八つ当たりするべきではない……はずなのだ。
 大人は親切心から隠していたのだろうが、蚊帳の外にされてたまったものではない。リーマスもマクゴナガルもダンブルドアもほかの大人も隠していたのだ。ブラックの息子どうこうを知っていれば、ウィスタだってもっと警戒したろう。恨みを持つ者がいるかもしれないと。
「二人が学生時代に付き合って、結婚したのは事実。君が二人の子だというのも事実」
 生き写しだよ。
「ブラックにそっくりだし、眼はリーンの色だし……」
 リーマスはため息を吐いてうつむいた。
「誤魔化せなくはなかったが」
 君がレギュラスとリーンの子だということにしてしまう手もあったよ。
「誰だよそいつ」
「ブラックの弟。君の叔父。消息不明……彼とブラックはよく似ていた」
 ふうんとだけ返した。純血家門は血が濃いものらしい。ブラックと弟――ウィスタの叔父が似ていても不思議はない。ついでにマルフォイはウィスタの又従兄弟らしいと発覚した。ナルシッサがブラックの従姉なのだ。
「……が、それをしてしまえば、リーンが夫の弟と不義を犯したことになる。彼女の名誉は守らなければならなかった」
 だから伏せた。
 ウィスタは養父を見た。うつむき、肩を落とし、ひどく惨めそうにしている彼を。ウィスタを悪意から守ろうとしている男を。
「あんた、ブラックに会ったら……」
 喉が粘つく。
「始末するつもりか?」
「吸魂鬼がやつを捕まえるだろう」
 私の出番はないと言いながら、どうしてそんなに冷たい声を出すのか。やるつもりなのではないか。
――それなら
 ウィスタが片づけるべき問題だろう。リーマスに手を汚させるわけにはいかない。ブラックがなにを思い脱獄したのか。なにを考えて十二年間の沈黙を破ったのか謎は多い。だが、明らかにして何になる。狂った犯罪者の考えなど知る意味などあるのか。
 どうせなにをしたところで。
 母が生き返ることはないのだ。
 アズカバンの囚人はウィスタの手で始末してやる。

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